JBLでクラシックを聴く

ヤフーブログ終了で引っ越ししてきました。主にオーディオについてです。すでにオーディオ一式は断捨離で売り払ってしまいましたが、思い出のために引っ越しして残すことにしました。

今月のこの1曲(2005.8月)-ブリテン・戦争レクイエム その2

 第3章「オッフェルトリウム」では、まず天使のような児童合唱が妙なるオルガンの伴奏で、主イエスに「救い給え」と歌い、これを受けて合唱が大天使ミカエルに、「主がその昔アブラハムと子孫に約束したこと」と明るく歌う。
 後半は、これを受けたオーウェンの詞で、アブラハムが生贄に我が子を殺した物語を歌う。このあたりの児童合唱の祈りの歌とテノールバリトンの二重唱が重なるように対照的な節で歌われるところは印象的。

 第4章「サンクトゥス」は、鐘の音を模した(ピアノとシロフォン?)音に伴奏されたソプラノが導く。ホザンナ唱では、ヴェネチアバロック金管ファンファーレを思わせる華麗なトランペットを従えて合唱が歌う。
 ベネディクトゥスは、やはりソプラノが先導し合唱が和すゆったりした歩みのような曲。再びホザンナ。沈鬱で悲歌的なこの曲の中では珍しく力強く終わる。
 と、ティンパニの音がして、バリトン・ソロが、死に対する復活、神の救済を懐疑するかのようなオーウェンの詞を静かに歌う。「私の古の傷痕はもはや讃美されることはないでしょう。量り知れぬ涙は、海となって、もはや乾くことはないでしょう。」

 第5章「アニュス・デイ」は短い楽章だが、初めて、典礼文ではなくオーウェンの詩が先行する。静かに。「爆撃された道の裂け目で、絞め殺されるなどということがあるだろうか」、「全人民の記録者たちは、国家への忠誠を叫ぶ」。テノールの歌に、合唱のアニュス・デイがはさまれる。「われらに平和を与え給え。」

 終章は「リベラ・メ」。静かだが、深い思いの込められた合唱が「主よ、かの恐ろしき日に、われをば永劫の死より解き放たせ給え」と歌う。打楽器が加わりテンポを速め連打されると、次第に激してきて、怒りの日へのおののきが歌われていく。ディエス・イレのさらに激しい再現と、それからの解放を願う叫び。
 この章の第2部分と最後の部分は、全曲の白眉。
 第2部分では、一転して不思議な情景を独白するようにテノールが歌い出す。「私は戦場から脱走して、とある深い得体の知れぬ地下道に隠れたらしい...そこにも場所ふさぎな死者どもが呻き苦しんでいた...一人が不意に立ち上がって、悲しげな目つきでじっと見つめた。」
「不思議な友よ、私は言った。ここには悲しむ理由などない。」
 バリトンが答えて歌う。きわめて表現主義的な響き。「絶望だよ。たとえ、どんな希望が君のものであろうとも...私の生活もかつては希望に満ちていたのだ」と。「私は、君が殺した敵なのだ、友よ.....さあ、みな、眠ろうではないか.....」
 天上の調べをかき鳴らすかのようなハープに導かれ、テノールバリトンが一緒に「さあ、眠ろうではないか」と歌うと、児童合唱が「イン・パラディウム(天使たち、汝をば天国に導き、)」と歌い出す。ここは何度聴いても身内が震えるような感じを禁じ得ないところ。終章の最後、ここに至って、初めて、テノールバリトンとソプラノ、合唱とが一緒に歌う。
「彼らに永遠の安息を与え給え、主よ、彼らが上に永遠の光を照らさんことを。」
「彼らを平和の中に憩わせ給え。アーメン」最後は、静かな平安の祈りのうちに虚空に消えるように終わる。


 この曲には、現在までにいくつかの録音があるようですが、現在、私の手元にあるのは2種。ブリテンの自作自演盤(DECCA)とジョン・エリオット・ガーディナーによるもの(DG)です。

 ブリテンの自作自演には、この盤のほかにも、BBCの録音によるものがあるらしいのですが、これは、作曲の翌年1962年5月30日のコヴェントリー初演から、さらに年の明けた63年1月、ロンドンで行われたレコーディングによるものです。
 もともと、ブリテンは、この曲の作曲に当たり、この曲を和解のミサと位置づけ、第2次大戦の交戦国であった英国(テノールのピアーズ)、ドイツ(バリトンのフィッシャー=ディスカウ)、ソ連(ソプラノのヴィシネフスカヤ)の3人の歌手によって歌われることを想定していたと伝えられています。(ヴィシネフスカヤは、チェリストで指揮者のロストロポーヴィチの奥さんです。)
 しかし、初演には、ソ連政府の出国許可が下りず、ヴィシネフスカヤの参加は実現しませんでした。その3人の歌手の共演が実現したのが、この録音だったのです。指揮は作曲者。オケはロンドン交響楽団です。
 さすがに、この盤は、一期一会の生々しさを今に伝えてくれ、指揮者としても一流の域にあったと伝えられるブリテンの指揮も見事です。デッカ伝説のプロデューサー、カルショウによるプロデュウスで、録音も十全です。


 ガーディナー盤は、1992年のシュレスヴィッヒ・ホルシュタイン音楽祭でのライブ・デジタル録音です。こちらもオルゴナソヴァのソプラノ、ロルフ・ジョンソンのテナー、スコウフスのバリトンという現代の名歌手の共演です。オケは、北ドイツ放送交響楽団という、これまた国際的な演奏です。
 これは、ライブとは思えないほどの細部まで透明感のある、これまた完成度の高い見事な演奏となっています。
 作曲、初演からまだ日の経っていない、まさに創作の現場の息吹と作曲の経緯、背景を伝えるブリテン盤に対し、こちらは、もはや現代の古典ともなったこの作品をある意味客観的にとらえ、かつ共感を持って熱く歌い上げた演奏といえると思います。さすがに録音も良い。
 私の持っているこのCDの輸入盤には、併せて「春の交響曲」や「聖セシリアへの讃歌」など、ブリテンの代表的声楽作品が入っているのもうれしいところです。

 この曲に関しては、ほかにラトルやヒコックス盤もあるようですが、とりあえずはこの2種を押さえておけば間違いはないのではないでしょうか。

 なお、文中のオーウェンの詞の訳は、ブリテン盤CDの対訳から抜粋引用させてもらったものです。


 戦後60年の節目にあって、戦争の記憶と平和への願いをもう一度思い起こすこの月に、戦争の悲惨と理不尽さを告発し、敵も味方もともに分け隔てなく永遠の安息と平和を祈る(ここが靖国と違うところです)ブリテンの「戦争レクイエム」を取り上げてみました。


今回もおつきあいいただき、ありがとうございました。
ではまた。


                             恐惶謹言

                    樹公庵 日々