JBLでクラシックを聴く

ヤフーブログ終了で引っ越ししてきました。主にオーディオについてです。すでにオーディオ一式は断捨離で売り払ってしまいましたが、思い出のために引っ越しして残すことにしました。

今月のこの1曲(2004.2月)ビゼー・交響曲第1番 その2

 第1楽章は、アレグロ・ヴィヴォのソナタ形式。このVivoというのが、いかにも南欧風な感じでいいですよね。
 いきなり、フォルテで、威勢よく、生き生きとした第1主題が始まり、主題の後半はピアノになるけど、すぐにまた、うきうきするような楽句が続き、少しも頭の中でこねくり回したようなところの感じられない、自然で若々しいメロディが奔流のようにあふれて流れていくのです。
 弦のピッチカートで奏される副次楽句も、後年アルルの女などでのハープの用法を予感させて美しい。
 独墺古典的派なフォルム、書法にもかかわらず、やはり聴いた感じはラテン的というか、フランスの作曲家による交響曲なんだなあと思わせます。かと言って、サンサーンスとも違う。ましてやフランクなどとはまったく異なる、アルルの女などに通ずる、明るい南欧風な響きがします。
 まさにアレグロ楽章という感じで、終わりまで、息もつかせず一気に聴かせてくれます。

 第2楽章は、一転、ヴィオラのピッチカートをバックにした、オーボエのややメランコリックで叙情的な美しい主題が印象的なイ短調アダージョとなります。
 中間部では少し明るさも出てきて、フランスオペラの古典舞踊のようなところもあり、まさにオペラの一場面か間奏曲のようで、ビゼーらしい面目躍如といったところ。
 「アルルの女組曲の中の音楽に似た、とにかく美しい楽章で、この楽章だけでもビゼーの天才を感じさせる、習作だなどとは片づけられない音楽です。

 第3楽章は、アレグロ・ヴィヴァーチェスケルツォベートーヴェンスケルツォ南欧風にした感じといえばいいでしょうか。ベルリオーズあたりの影響もあるかも。
 始まりはなかなか堂々としているが、すぐに流麗な流れとなる。
 中間部トリオのドローンバス風のメロディは、聴いているとスコットランドの民俗楽器バグパイプの演奏のような鄙びた感じがユーモラス。

 第4楽章もアレグロ・ヴィヴァーチェ。ロンド風ソナタ形式と言われるフィナーレ。
 ピアノ(弱音)で開始される無窮動風の細かくきざむような主題で始まるが、第1楽章と同様、まったく音楽の流れが淀むことがない。
 ハイドンモーツァルトを聴く楽しみでもある、そして若いベートーヴェンシューベルトあたりまでは聴かれながら、ロマン派以降には、なかなかお目にかかれなくなる、軽やかに駆け抜けるようなアレグロ・ヴィヴァーチェな楽章がここにはあります。
 しかも、古典的な装いながら、楽器法、オケの響きは、明らかに古典派時代の曲とは違う、19世紀フランスの音楽を感じさせながら。
 最後は、けれんみなく、さっと駆け抜けるように終わるのも、後味さわやかです。こういうところが独墺系のシンフォニーと違うところかしら。



 この曲は、作曲したのが有名なビゼーとは言え、やはり習作ということで、それほど、大量の録音があるわけではありません。
 が、逆にそうした習作としては、むしろ多いほうかとも思われ、この曲の魅力、隠れた人気をうかがわせます。

 「発見」されたのが、1935年と比較的新しいので、往年の大指揮者の録音はあまりありません。
 曲想からは、ワルターあたりが録音したらどうだったろうかとも思いますが・・・。

 実は、この曲が特に好きな私としては、さまざまな演奏を聴きながら、なかなかこれさえあれば、というものに出会えず、この曲独特の青春の息吹を伝える演奏というのは難しいのかもと、長らく思っていました。
 しかし、今回、これを機に、手持ちのCDを集中的に聴いてみて、いや、なかなか皆それぞれにいいなあと思えるようになりました。
 評論家ではないのだから、音楽を聴くのに、批評的な態度をとる必要はなく、それぞれの良いところを感じるようになれれば、それで結構幸せな時間が得られるという当たり前のことに気づかせてくれたひとときでした。


 初演者ワインガルトナーの録音というのはありませんが、幸いフランスでの初演を行ったシャルル・ミュンシュの録音は残っています。
 1966年、フランス国立放送管弦楽団を指揮したものです。
 ミュンシュとしては晩年期の演奏ですが、冒頭からハイテンポで飛ばし、とても70代半ばとは思えない若々しさの感じられる演奏です。ビゼーにしては少々熱血過ぎるところもあるかもしれませんが。
 この演奏、コンサートホール・レコーディング・シリーズのミュンシュBOX中の1枚で聴いたときは、あまり音質がよくなくて、以前、その旨、書いたところ、神様ミュンシュ様のはちろべえ師からきついおしかりを受けたのでしたが、今回、「20世紀のグレート・コンダクター」シリーズのミュンシュ盤では、ずっとクリアだったので、安心しました。
 パリ管と再録してくれたらもっとよかったでしょうに。
 ともあれ、この曲の代表盤と言えるでしょう。


 フランス国立放送管弦楽団(のちフランス国立管弦楽団)は、この曲の録音にけっこう力を入れていて?このオケによる、ビゼー交響曲第1番の録音は、この60年代のミュンシュ盤を含め、50年代から80年代にかけての5種類あり、偶然その全部を持っていました。

 その最も古いのが、53年録音のアンドレ・クリュイタンス盤です。
 これはモノラル録音です。さすがに音の広がりはもちろん、鮮度の点でも、劣勢は否めません
 が、ミュンシュよりは遅めのテンポながら、演奏はストレートで、若きビゼーらしい。フランス音楽を得意としつつ、ベートーヴェンなどの交響曲にも見事な演奏を残したクリュイタンスらしいものだと思います。


 次が、59年録音のサー・トマス・ビーチャム盤。
 これも、ビーチャム最晩年の録音の一つですが、いかにもハイドンを得意としたビーチャムらしいウィットと中庸の美徳を兼ね備えたチャーミングな演奏だと思います。
 また、晩年は、税金の高い?英国を離れて、フランスに移り住み、フランスがかつて持たなかったフランス音楽のベスト指揮者とまで評されたビーチャムだけに、フランス国立放送管との相性も良いようです。
 テンポは、ミュンシュニ比べたら、さらに落ち着きを感じさせるものですが、実際には決して遅いということはなく、十分曲想に見合ったテンポで演奏しています。
 熱いミュンシュに対し、大人の粋人ビーチャムというところでしょうか。
 録音も年代を感じさせない良い音質で、ミュンシュ盤と並ぶ名盤だと思います。


 70年代からは、73年録音のジャン・マルティノン盤です。
 これも元気のよい演奏です。
 マルティノン時代は、フランス国立放送管の第二のピークとも言われ、ドビュッシーラヴェルの名演のほか、サンサーンス交響曲全集やら、数々のフランス音楽の録音を残していますが、この曲の演奏も、きびきびとしたオーケストラの反応が実に心地よい、ビゼー交響曲を演奏し、聴く喜びが伝わってくるような録音です。
 これまた、隠れた名盤と言ってもよいのではないかと思うようになりました。


 80年代は、われらが小澤征爾です。
 フランスのブザンソン指揮者コンクールで一躍世界に躍り出た小澤は、フランスのオーケストラとは早くから親しまれ、まだ若い時代に、いくつもの録音を残していますが、このビゼーは、その頃の代表盤の一つかもしれません。
 ややおとなしく、もったりして、淡泊な感じがあり、粋でまっすぐな天才的閃きに満ちた感じが命のこの曲の代表盤と言うにはためらわれますが、第1楽章と第4楽章の提示部を反復するなど、小澤らしいまじめで丁寧な音楽づくりが光ります。
 この曲のCDが必ずしも多くなく、真に成功したものが少ないことを思うと、日本人指揮者が残したこの演奏の価値は決して小さくないと思います。


 フランス国立管以外のフランスのオケでは、トゥール-ズ・キャピトル管を振ったミシェル・プラッソン盤があります。
 1993年の録音。
 フランスの田舎のオーケストラですが、パリのオケが国際化して、フランス訛りを失いつつある今日、貴重な存在です。
 プラッソン/トゥールーズ・キャピトル管が来日した折、すみだトリフォニーホールで聴きましたが、メインプログラムより、ビゼー/「アルルの女」からのアンコール曲に感激した覚えがあります。
 この交響曲の録音でも、はじめ、ややおとなしく、どんくさいかなと思いましたが、だんだん調子が出てきて、最終楽章では粋な感じが出てきて、かなり楽しませてくれます。


 今日、フランスのオケよりもフランス的と言われた、モントリオール交響楽団シャルル・デュトワによる録音は、いかにも洒脱で流麗な演奏です。
 往年の名演奏に比べると、若々しいパワー、わくわくするような推進力という点でやや薄味な気もしますが、そういうところも含めて、オケのうまさなど、洗練の極みを行く今風な演奏だとも言えましょう。
 スケルツォ主部の反復もきちんとしている。
 1995年の録音。


 これらフランス系の演奏とはやや異色なのが、オットマール・スイトナー指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団盤。
 オケの響きが厚く低音が充実したドレスデン・シュターツオパーの名手揃いの最もドイツ的な名門オケならではの演奏は、ホルンの響き一つとっても、いかにもドイツ・ロマン派風だけど、そこは、モーツァルトを得意にしたコンビでもあり、歯切れも決して悪くはない。
 ハイティーンのビゼーのさっそうとした若書きの交響曲というよりはハイドンモーツァルト、若いベートーヴェンからメンデルスゾーンあたりの交響曲に通ずる、古典期から初期ロマン派の大交響曲といったイメージかしら。



 この交響曲が作曲された1855年は、ベルリオーズを例外として、フランス近代の交響曲といえば、わずかにサンサーンスの第1番とグノーの第1番があるくらい。いずれもまだ古典模倣の習作的な域を出ない段階でした。
 のちにフランスを代表する交響曲となったサンサーンスの第3番やフランクの交響曲はずっとのちになりますし、ダンディやショーソンも然りです。

 独墺においても、メンデルスゾーンシューマンは全交響曲を書き上げていますが、ビゼーより年長のブルックナーブラームスも、まだ交響曲を習作すら世に問うてはいません。
 そういう時代背景を思うとき、作曲者本人にとっても自らの作曲家としての存在をかけたようなものとはほど遠い習作とは言え、このビゼー交響曲の見事な果実は貴重なものと思われてくるのです。


 ブラヴォー、ビゼー


 つい、また、だいぶ長くなってしまいました
 お読みいただき、ありがとうございます。

 ではまた。


                   樹公庵  日々    敬白